ケモナーとしての老い / カレーの市民アルバ 秋葉原本店 カツカレー

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最近オタクとして老いるという話をよく見かけるのであたしゃ内心ハラハラよ。

老いっていうとネガティブなイメージがつきがちだけど、いいじゃない、ねぇ別にいいじゃない!?誰だって人生生きてりゃ環境が変わるのよ。大学生と同じスタイルで遊ぶことなんてできなくなるのよ、段々周りが年下ばかりになるのよ、、、。

あ、つらくなってきたかも。

でも「ケモナーとして老いる」とはどう定義されるのか?を恐れずに考えてみれば、この辛さから解放されるかもしれない。
「老い」とは何か?「老い」はいいのか悪いのか?「老い」とどう向き合っていけばいいのか?などなど…。

たとえば長年界隈にいる人でも、「老い」を感じさせない人もいる。2,3年しかいないのにすでに「老い」のオーラを纏い始める人もいる。単純な年齢や界隈にいる年数が絶対的な基準ではないことは確実よね。

じゃあ界隈での活動頻度によるのか?たとえば絵を描く、着ぐるみを着る、オフ会に顔を出す、イベントスタッフをやる、、、それをしていれば老いないのか?活動的な人は老いとは無縁な気もするが、それがクリティカルな基準な気がしないでもない。

あとは自分の中のいいメンツから出ようとしない、新規の参加者と交流をしない、界隈の新しい価値観を取り入れるのが遅かったり取り入れない、というのはどうか。だいぶそれっぽくなっている気がする。長くいればいるほど居心地のいい固定メンツはできるし、年齢的な差は新規参加者と交流する壁になりやすい。新しい価値観は、得てして自分たちが過ごしてきた価値観や過去の自分の行動を否定するものなので、これは意識しないと打開するのは難しい。

仮に上記のようなものを「老い」と定義した場合、じゃあそれは悪いことなのだろうか、、、?「老い」が悪いこととされてしまった場合、たとえば中のいいメンツで固まることとか、新しく界隈に入った人とコミュニケーションしないことは悪になってしまう。
それは居心地悪いわね。。。

けれど、新しい価値観を否定したりするのは、ネガティブなイメージをもつと思う。自分たちが過ごしてきた環境を否定するのに精神的な抵抗は感じるが、ケモノ界隈だって時代の変化に影響を受けながら変わってゆくもので、変わることはもうどうしようもないのよね。良くも悪くも、変わるの。
その変化に対して、受け入れるにせよ抵抗するにせよ、ちゃんと考えた上で咀嚼し、柔軟に対応できるかどうか、それが「老いてる感」に通じる気がするし、そこにネガティブなイメージがつくのも納得だわ。

なのでなるべく過去の自分にとらわれず、新しい価値観はとりあえず触れてみる、キツいときは拒絶せず距離をおいて考えてみる、というのが「ケモナーの老い」の対処法で、この界隈で楽しく生きるコツなのかもしれない。

ケモナー老人ホームなんてdisられたくないわ、、、
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石川県によくあるあのカレー。
黒くてどろっとして、キャベツがあって、ステンレスの皿と先の割れたスプーンで食べるアレ。

東京でのブームの火付け役はゴ〇ゴ〇カレーだと思ってるのだけど、
アルバは昔から秋葉原にあった気がする。気がするだけなので、違うかもしれないけど。

私はゴ〇さんの方が馴染みが深くて、あっちにはよく行くのでどうしても比較対象になりがち。なので今回もあっちと比べての感想になる。。。と思ったかが、ぶっちゃけ大きな違いは食べ比べしてみないとわからない。

ルーのスパイシー感はこちらの方があるかしら。甘味も若干ある気がするが、これはコクと表現してもいいのかもしれない。カレーの味評価は専門外だから難しいわ…。でも食べ比べでもしない限り、決定的な違いがあるとは思わない。
ごはん量に対してルーが足りないのはゴ〇と同じ。キャベツが無料では追加できないらしいが、私はもともとキャベツ追加はしないのでノープロ。
カツのチープさは同じくらいかと思った。おそらくブラインドで食べたら違いがわからない。

唯一違うと思ったのは、店内の雰囲気と清潔さ。
こちらは広いしテーブルもあるし、清潔感がある。ゴ〇さんの狭い店内でバイトの作るカレーを忙しなく食べるあの感じとは明らかに違う(あれはあれでいいんだけど)。

駅から遠いのが難点だけど、もしどちらかに通えと言われたら私はこっちを選ぶかもしれない。微々たる差ではあるが。